勝手に奥出雲探求レポート

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奥出雲には、雨が似合う?

奥出雲には、雨が似合う?

みなさん、はじめまして。
奥出雲ごこち町外レポーター、広島在住のmasahiroです。

奥出雲ファンであるmasahiroがお届けするレポート第一弾。
ではでは、
早速開始!!!
 

 

言わずと知れた「奥出雲」の魅力・・。
それは神話と伝説に彩られた物語の土地にある。
 
旅とは、不思議なものである。
その魅力ある土地を訪れた際の天候によって、
その印象度の深みが変わってくるからである。

交通機関のスケジュールは自分で管理することができても、
「天候」だけは事前に予約することができない。

4月のとある日、そぼふる雨の中、カタクリの花を求めて広島市から「船通山(せんつうざん)」へと出かけてきた。

幾度となく訪れているのだが、
意外にも雨の日が多いのに気がつかされた。

斐乃上荘から傘をさして、亀石コースの林道へと入る。  

小さな橋を渡った瞬間から、その空気感が非日常のものとなってゆく。
なんともいえない「濡れた」感じがとても心に響いてくるのである。                                              


ヤマタノオロチの伝説をもつ船通山・・。
(『古事記』では鳥髪の峯として登場する神話の霊峰である。)

歩きながら考えてみれば、山の名前にも、そしてその神話の物語にも「水」が背景にあることにはたと気がつく・・。 

「そうだったか・・。この濡れた感触、というのは、神話の物語には必須アイテムなのか・・」 

そう思うと、登山道の脇を流れる清流のせせらぎも、
水滴を蓄えながら静かに時を刻む緑の苔たちも、
流れるガスにその幽玄さを演出する冬枯れした樹木たちも、
すべてが神話の物語のわき役のようにも見えてくるのである。
 

「あいにくの雨で・・」なんていう言葉は、どこかに霧散してしまっている。
「雨でないと」「雨だからこそ」味わえる風情の妙味というものがあるはず・・。

船通山に降り注ぐ小さな雨は、山肌を縫うように下ってゆき、やがて斐伊川に流れ込み、そして宍道湖へと注いでゆく。
この水の流れが、タタラ製鉄には欠かせないものであったのはいうまでもない。

山から川、そして川から海、そして蒸発して雲となり山に還ってきて、再び雨を降らせる・・。 

砂鉄の採集できる上流部分にてタタラ場ができ、中国山地の豊かな樹林がその脇役となる。

雪深い冬の三昼夜、タタラの炎は燃え続ける。
温められた地熱と人々の熱気が、奥出雲の雪をゆるやかに解かし始めるのだろうか・・。

雪解けの水は、やがて斐伊川を潤し、中流から下流の人々の営みの糧となってゆく。
その水流を使い、「玉鋼」たちが出航を待つ北前船へと運ばれたのだろう。

そして、日本海沿岸、関門海峡、瀬戸内海航路を伝って、玉鋼は大阪・堺を経由して全国の刀鍛冶の手へと渡っていったのである。 

船通山が蓄える雨水は、日本刀の唯一の素材である「玉鋼」の「産湯」といってもいいのではないだろうか。

奥出雲に降る雨は、遥か太古の昔から繰り返されてきた、自然の人間の循環の物語への旅を提供してくれるのである。

それ故だろうか・・、奥出雲には雨が似合うのである。

 

■レポーター masahiroさんの紹介

 広島在住の紀行作家・鍼灸師。大学時代に、探検部・山岳部に所属し、世界の山岳・辺境地帯を歩く。
マッターホルン・キリマンジャロ・カナディアンロッキー・エベレスト等登頂のほか、タクラマカン砂漠・チベット高原等を走破。
著書に『旅の達人地球を歩く』『イラストで歩く広島の山へ行こう』など多数。
深呼吸クラブ代表。

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コメント(1)

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さっちぃ   2010-05-24 22:50:42

雨の日って憂鬱なのに、masahiroさんのレポート読んで、なるほどと納得。 雨にも似合う奥出雲ですね!